意図的か?致命的な欠陥、基準のない交通取り締まり

カスタマイズもままならないですが、とりあえず、投稿します。

罪刑法定主義というのが、日本の憲法において採用されており、これに基づいて、警報が規定されています。

道交法違反においての取り締まり基準がないということは、この原則に明らかに違反していることであり、言語道断といわざるを得ないと考えています。

例えば、一時停止違反の場合、基準がないとしたら、どうなるでしょうか?

取り締まる警察官により、その時々により1秒止まった、5秒止まったという明確な基準なしに取り締まることができることになりますし、客観的な証拠が何もないということを踏まえると、泊まろうと止まらなかろうと気分次第で「現認」したということをいうこともできるということになります。

これは、罪刑法定主義とかけ離れたものであり、到底容認されるものではないと言わざるを得ないでしょう。

愛知県警交通指導課はこれでいいのだと言っていた。基準のない交通取り締まりで、取り締まっていいのかという問い合わせに関して、何と答えるのだろうか?

基準のない交通取り締まりに関して、交通指導課はその名のもとに何をしているのだろうか?

その名前からして、昔から言われている交通取り締まりのノルマ管理をしていると考えるのが妥当と思います。

不当な人権侵害を当たり前と喝破し金を集める。

結局のところ、交通事故を無くすという大義名分のもと、その大義名分とはかけ離れた取り締まりをして、金を集めて、自らの飲み食いの金に充てているということになるかと思います。

わたしは、これをチンピラやくざの言いがかりによるカツアゲ、ゆすり、たかりとしか考えられません。

情報公開により、ネタは上がってきました。徐々にアップしていきます。

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